野球少年だった私

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Credit:キムラクニヒコ

小学生のころの私は野球少年で、少年野球チームに属していました。監督は仙台で野球の強豪校として知られる高校野球部のOBです。歳は40歳代ぐらいで、長屋が建ち並ぶ住居地域で小さな居酒屋を営んでいました。

チームには打撃コーチもいて、監督の店の常連客と思われるおじさんでした。このコーチが球審をすると、ストライクゾーンは毎回変わります。おじさんたちは毎日放課後になると学校の校庭に現れて、子どもたちを集めて指導をはじめるのでした。

私のポジションはピッチャーです。チームで一番の速球投手でした。そして、もっともデッドボールが多いことでも知られておりました。