いじめ加害者と被害者のどちらにとっても成長を促せる社会の在り方は可能か

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学校でのいじめ問題を巡り第三者委員会等の在り方について議論する、文部科学省の「いじめ防止対策協議会」が10月21日に同省庁舎内で開かれました。今回で2回目の会合で、いじめの加害者に対して厳罰主義で処するのではなく、加害者と被害者のどちらにとっても成長となる取り組みが必要なのではないかという意見が挙がりました。

ここで思い浮かぶのは、神戸市立東須磨小学校で起きた、教師による教師へのいじめ事案です。同協議会での議論は子どもに対するものですが、教師による教師へのいじめへの事案でも、参考になるような気がしました。教師による教師へのいじめとは、パワハラとも言い換えられます。このパワハラを行った大人たちも学校へ復帰することは可能なのでしょうか。世間の厳しいまなざしを見ますと、無理のような気もしてきます。

加害者への厳罰主義をもたらすものは、学校の外からのまなざしの要因も大きいような気がします。子どものいじめにおける加害者にも成長の手を差し伸べることは納得ができても、パワハラを行った大人へ救いの手を差し伸べることは、現状では難しい気もします。大きな力を持つ社会のまなざしにしても、筋道たった理由を持っておらず、気分にも左右されているような部類のものにも感じます。

子どものいじめ加害者への救済する考え方は、パワハラという罪を犯した大人の再出発に対すしても寛容な目を持つものでなければ、実現は難しいものではないかと感じました。